コンパス

あるくです。

この前ご紹介した、
「コンパス」セミナー、
教育コーチングの全4回が終了しました。

行政機関やNPO法人に所属し、
生活福祉、児童虐待、保健、不登校、就労、など、
様々な面で
若者を支援する方にご参加いただきました。
参加者の声を一部紹介します。

「自分の仕事に教育コーチングの手法を生かして、悩める若者の存在を認めてあげたいと思いました。」

「子ども虐待対策の現場にも広めていきたい」

「コーチングの実践は今の私に必要な研修でした。今後も研修に参加していきたい。職場で仲間とも研修・講演等実施していきたいと考えています。」

「先生のお話を聞き、またワークしてみてクライアント・コーチともに気持ちが明るくなる方法だと思いました。自分自身が滅入ってしまうような事例が多いので、仕事に役立てたらと思います。」

「子ども虐待の分野で仕事しながら、子どもたちや保護者と向き合う仲、こういったものがひろがればいいなと素直に感じます。すでにコーチングを学んでいる最中ですが、特に子どもや保護者に向けたもの(講演等)があれば参加したいです。」

夢・ドリーム

今からうん十年前
京都は嵐山の○○寺へ十三参りに行った。

それは小6になる前の春休みだった。

仲良しの3家族で着物を着て
お参りに行ったその日の記憶は
今でも鮮明だ。

京都では数えで十三歳を祝う
風習があるようで
そのお寺ではご祈祷が終わると
色紙を1枚渡され
好きな漢字を1字書くことになっていた。

「夢」・・・小6のわたしが当時大好きだった1字
迷わず 筆ペンで 丁寧に書いた。

それから色々な経験を経て
年を重ねてきた!?わたしも
夢・ドリームということばが今でも変わらず好きだ。

2009年3月から社名が変更になる。
せいきドリームキッズ(株)

いつまでも夢を追いつづけて
生きたいと願う。

羽化2

超介です。

鳥の雛がかえるとき、注意深く卵を温めていた親鳥が、雛が中からコツコツ殻をつつき始めたそのとき、親鳥も外から殻をつついて孵化するのを助ける、そのタイミングが同じであることを啐啄同機(ソクタクドウキ)というらしい。

試験、発表会、新たなスタートを切るときなど、誰かが「きっとできる」 「挑戦は素敵だね」と背中をぽんとタイミングよく押してくれる。コトバをかけてくれると動きやすいことがある。

生まれつきおとなしくて、人前でしゃべれない子どもであった。両親にずいぶん心配をかけた子どもであった頃のことを思い出す。今でも、話せなかった影響があるように感じていて、自己表現は人生の課題。

自らの与件に対して前向きに挑戦し、学び、考え、行動を継続する。そのことを通じて世界に「大切なこと」を伝える、表現し続ける人であること。これが私のミッション。とても自己中な内容だ。

過去を振り返ると、自分の考え、感じたことを話したことがあまりにも少ない、と感じる。そしてそれをきちんと受け止めてもらったと感じたことも本当に少ない。受け止めてくれことを思い出せるくらいしかない。受け止めてくれた人こそ、友である。行き来がなくてもあえばきっとうれしい。

生まれたときには言葉を一杯かけてもらっているはず。祝福のコトバをたくさんもらっているはず。それを絶対のことと思っている。

私の今を作っているもの、存在意義・理由、あり方と信念、Being、基礎的制御機構(パソコンのOSに相当するもの)は、そのコトバの洗礼から形成が始まった、はず。そこに、働きかけるコトバがあるはず。それをいつも探している。ミッションもそこから探してきた。

自分の使命(ミッション)を使って世界の「殻」を内側からつつく。「親鳥」が外側からつつく、殻が破れれば、新しい何かが始まる。

そこは何か、そこはどこか?

ミス日本!

うんてぃー@小山、もとい、たびし@小山です。

11月に研修をした「ミス日本」候補者(地区代表)のお嬢さんたちから、課題レポートが届いた。(やっと目を通した)

みなさん素晴らしく頑張ってくれている。うれし・!!
みんなほんとに一生懸命だ。
グランプリをとるためだけじゃない、その先にある「なんのために」が感じられるから伝わってくる。

「ミス日本」・・・すれ違えば思わず振り返りたくなるような「容姿端麗」な女性たち。でも僕らとおんなじ人間。
自分を好きになれなかったり、自信がなかったりってことがある。笑顔の奥に悲しみや不安が見える子もいる。

もっと自分を認められるように、そして自分が作りたい人と作りたい人間関係を作れるように、もっともっと心からの笑顔で輝いて欲しい・・・そんな願いで研修をし、事後課題を出した。

本選は1月26日。
みんな頑張れ!

ミス日本候補者のブログ、是非覗いてください。
教育コーチング研修のことも書いてくれています。

越えるとき

いっすぅぃ・です。

「僕、プラレールやってくる・」というので、
放っておいたら、いつの間にやら。。。

今回のは、越えられました。
私の想像力を。
立体交差2カ所、入り組んだ分岐。

こうやって、子は親を越えていく、親は子に越えられて
いくのかなぁと。しみじみ思ったのでした。
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どくだみ

コズです。

今日はある生徒が書いた詩を紹介します。

  「どくだみ」
  おまえを大切に
  摘んでゆく人がいた
  臭いといわれ
  きらわれ者のおまえだったけれど
  道の隅で 暗い日影の中で
  歩く人の足もとを見上げ
  ひっそりと生きていた
  まるでおまえを必要とする人が
  現れるのを待っていたかのように
  そして今おまえは 必要とされている
  そんなおまえは 輝いている

グッときました。

信じ込み

16日ぶりに京都に帰ってきました。
何も変わっていないようで、何もかも変わったようで、不思議な気持ち。

11日間受講した「ナミさん」こと小南奈美子さんのセミナー「10-DAY」。発見した自分の一部をここにご紹介します。

「自分は愛されない」「自分は価値が無い」「自分はキタナイ(汚い、穢い)」「自分は家族でなくお客様」「人は僕を愛さない」「人は信用できない」「人は悪意に満ちている」・・・
教室でうんちを漏らした体験、揚らない凧と格闘した体験、姉を蹴っ飛ばした体験・・・2歳・7歳のさまざま体験を通して、僕は自分でそんな信じ込みを作りました。
そして、
「自分のキタナさを隠すため、周囲をマニュピレートして生きていく」
「誰かが『もういいよ、よくやったね』と言ってくれるまで一人で被害者になって何かをやり続ける」
という生き方を決めました。

もちろん無意識です。

43年の人生を俯瞰してみると、本当にこの生き方をしてきている自分に気付きました。その気付きは愕然とする体験でしたが、それに気付いた自分にものすごく幸せを感じています。

知らなければ自動的、知れば違う行動を選択できる。

また明日から、コーチとして、トレーナーとして、マネージャーとして、親として、夫として、息子としての生活がスタートします。
自分を愛して生きること、他者を愛して生きることを選択します。
自分が楽しみです。

羽化

超介です。

 もう冬、でも夏の話。

小学生の頃の夏の楽しみの一つに蝉の幼虫(蛹)取りがあった。近所にある神社に夕方でかけて地面を這うようにしながら探す。土の塊がモコモコ盛り上がっていたり、マッチ棒の先ほどの穴があいていたりする。

そこをそっと木の枝で押さえると、ぽっかり親指くらいの穴があく。その底に7年間土中で過ごしてきた生き物が潜んでいる。そっととりだす。手のひらにのせると、ずしりと確かな重みを感じる。ゆっくり手足を動かすそれは、茶色いあめ色でメノウのような光沢の皮膚を持っているアブラゼミの幼虫。土から生まれた宝石。

僕はその幼虫を大切に持ち帰り、庭の植木の根元や植木鉢に置く。夕食後、飽かずにながめる。背中が割れ、中から真っ白な成体が現れる。折りたたまれた小さな羽がゆっくり伸びていく。

けれども、採集するときや、持ち帰るときに乱暴に扱うと羽化は途中で停止する。成虫にはならずに背中をむき出しにしたまま、殻つきのままで死んでしまうことが多い。

それを知ってからは、穴から掘り出し、持ち帰って土に再びおくまで、大切に大切に扱うようになった。それでも時々成体にならないときもある。

 自然が変化をしているとき人は、そっと見守るべきなのである。いじくるとうまくいかない。虫の命でも自然は精密な仕組みを作っている。それをいじくってはいけない。

蝉の羽化を思い出したのは、人の成長との重ね合わせからだ。人が自立する時、保護者は愛のブリッジをかける。

そっと見守る、大切に大切に、見守る。

コントロールはできない。

まぶしいひまわり

あるくです。

昨日、
大阪で弁護士をしている友人に久しぶりに会いました。

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ま、まぶしい!

欠陥住宅とか、悪徳商法とか、詐欺事件とか、
の被害者を弁護担当するとき、燃えるらしいです。

まぶしいのは、
仕事に燃えて熱く語る本人でした。

Beingに触れたくなりました。

ところで、
裁判員制度が始まりますね。
選ばれたらどうしよう。。。