超介です。
徳島への高速道路上で桜の開花に気付きました。途中休憩の際立ち寄った吉野川SAでも咲き始めていました。
年年歳歳花相似たり 歳歳年年人同じからず
心にあらわれたのは次のこと
今年も桜の花が毎年同じように清く咲く。
出会いと別れの場面、不連続の人の生き様。
連続な数直線を切断すれば、片方の端一点で決定することができるがもう一方は端がないということ。それが連続の意味(たとえば片方を1以上とすれば片方は1未満、1以上は、1が端で、その1点で終わり、未満のほうは永遠に1にちかより、端はありません)。ところが、人生の数直線は両方に端があるかのごとく、距離があります。それ以上は近寄れない。不連続なのです。
不連続さに思わず、立ち止まり奈落の底を見るかのごとくの、厳しさを味わうのです。特に生き死にかかわらず、別離の場面では。
でも、どんどん近寄ることができる人もいます。相手との人間関係は限りなく近くなってきます。(でもぴったりとは合わない) その条件は、関係つくりの、その人たちの言葉が何処から出てくるか、です。自らの心を振り返りながら、確かめながら言葉をつむぎだす人たちはどんどん近づいていけるのに。そうでない人とのギャップは、そのままでは埋まらない。
これまでのコーチング体験で、そのことを強く感じました。自らの人生の課題と向き合って生きる人(たとえば病気、別れ(死別、離別)、起業、転職・・・・の時など)とのコーチングです。彼らは、自らの考えを、感じたことを振り返りながら、思考を重ね、五感をフルに使い、最後に直感で次の1歩を見出し発話します。
僕は、そのような人たちと話をしてもらうことにより、たくさんのエネルギーをもらいます。クライアントもコーチもともに成長できる機会がセッションに出てくるのです。共生的コーチング。
キヨシです。
共生的コーチング
共に生きる。ですね。
そら@内藤です。
超介さんは
いろんなことを深く考えているんですね。
桜の写真、奇麗です。