「教育コーチング」普及活動ing の超介です。
模擬テストの答案を生徒に返却し訂正していきます。50点満点中の25点が数学。間違えているところを一緒に見直します。
「?,老彁嗣簑蝓△海海派箙罎良佞永№ナ間違えた2点減、数字の転記ミスで2点減 ?△漏領─⊂豺腓凌瑤里?ぞえ間違い(図はあってる)で2点減 ?H屬亙∫?式の文章題で式たたたず0点でも、ここを思いだせばできる(4点取れる)、・・・・・・・・・・、つまり43点は取れていてもおかしくないね、もうひとがんばりすればできるね。」と私。
この「もうひとがんばり」が「私」にはわかる「もうひとがんばり」、でも中3の彼女には見通しにくい「がんばり」であるので、このままでは、ここまで踏みこめそうにありません。なぜか・・・、仮説を立てて進めないからです。可能性はある、実行はできそうにない。そこをうめるのがコーチング。
自ら、何があればできる?と質問して学習を進めることができれば、できる。コーチングでそれをやります(これが自立学習mineの目指すところ、ちょっとPR)。前向き、開いた質問からはじめます。
これで、彼女はずいぶん変わってきました。
コーチングしながら、自分もそうかも、と気がつきます。生徒と一緒ではないかと。もう少し見通しの立つ人が見れば、もうひとがんばりできれば可能性が一気に広がるのに、それができていない自分かも?・・・・・。
仮説を立てます。もう一歩踏み出せば、できるようになるはず、自身の内側に能力は潜んでいるのであるから。たった一歩踏み出すだけでよい、そこから新しい体験が生まれ、さらに次々とカスケードに体験がすすんで知恵が生まれて・・・と。
あるベテラン講師が「授業中でやった問題が模試にでてる、自宅でも復習していれば得点できていたのに・・・」と、家庭で自主学習できない生徒を嘆いています。
「でも、先生、あなたは自分の仕事のための勉強を、自主的に、プライベートの時間を使ってやっていますか?」と、問いかけます。自分のためになるとわかっていても、やれるひとと、やれない人がいます。やれるひととやらない人の違いはどこにあるのか?
やれるひとは「何があればできる?」と問うて、それで「どうする?」と詰めていける人。本当にできる人は習慣的にやれます。
何があればやれるのか、できていればどんな気分か?と自分にも生徒にも未来に向けての質問をします。
キヨシです。
やれる人とやれない人の違いですか。
自分に問うて歩き出せる人ということですね。
やれないはやりたくてもできないのも入るので、
やれないではなく、やらないという言葉が浮かびます。
どうせなら、やったけど、できない方がいいですね。
なみぞうです。
自分の中にある「やりたい」を感じられたら
すっと行動できるようになるのかなぁ。。。
やりたくてもできない・・・
これは結構重くのしかかってきます。
できる人は
何があればできるのかと自らに質問、
そして、たぶんこれ、と直感で答えを出す。
それをやって、結果をフィードバックして
さらに、次に進めていく人、だと思います。
自立しているひとだと思うのです。
そんな人にあこがれます。
(好きなことはそれができるのに、やるべきこと
になると、なかなか・・・。)